暫くぶりで小雨の京都に参り、京都駅から懐かしい街並みを見ながら「何有荘」に到着しました。予想に違わず、地形を生かした素材しい庭園でした。
aacaかんさいの西村委員長はじめ、担当の寄神会員を中心とした方々の、行き届いた「おもてなしの心」に興奮、感激いたしました。
私は迎賓館の建集を担当した武田五一に以前より興味をもっていました。武田五一は辰野金吾の後継者といわれ、京都大学の建集科の創始者でした。
1951年、私が入社した建築設計部は、1890年J.コンドルが教育した工部大学校造家学科第1回生の辰野金吾と同期である曽根達蔵を伴ってJ.コンドル自身が丸の内建築所を設立した、現存する最古の設計事務所と言っても過言ではないと思います。武田五一は曾根のあと技師長を務めた桜井小太郎と同年代でもあり、典味をもっておりました。
五一に対して評論家は五一の作品は美しい線をあみ出すことに悦びを感じており、建築をひとつのかたまりとしてより、さまざまな形の集積としてとらえ、むしろ図案家に近い資質と思われる。と云われており、従ってアール・ヌーボーをいち早く日本に紹介した事は理解されます。五一は和洋を問わずアーキテクト
として、はじめて茶室や数奇屋に目を開き、和風の伝統を踏まえた、すぐれた作品を残しております。今回、五一の建築に接する事が出来たのは幸運でした。
心地よい疲れとともに、京都の歴史につつまれた楽しい一日でした。 |