写真撮影 繁田 諭
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場所は京都市南部の伏見街道沿いにあるが、いわゆる歴史的街並みを形成する町家のような古民家ではなく、どこにでもありそうな築40年程度の木造家屋が、間口が狭く奥行きの深い特有の形状をもつ敷地の中央に遺されていたという。通常ならば、既存家屋は解体のうえ、はるかに自由度の高い設計を試みるはずであるが、敢えてこれをコアの空間とした増築を選択し、効果的な床面積の最大化を目指したものである。その結果、新築によって機能性と効率性を追求することでは得られないような生活空間の余白が随所に発生し、床面積からは想像もできないほど豊かな多様性に満ちた場所が設えられている。これを可能とした要因は2つあると思われる。その1つは、既存家屋の丹念な調査とその価値を活かす設計ならびに施工のプロセスである。とりわけ、実測調査によって構造上の課題を確認するとともに通り芯と軸組の再定義を行い、それらに基づいて増築部分による既存家屋の補強が可能となる構法を検討し、施工過程では一体的な基礎の打設を行っていることが注目に値する。さらには、このプロセスにおいて既存部と増築部にまたがる部分にこそ、豊かな空間的多様性がもたらされていることを特筆しておきたい。2つめの要因は、関西地方の伝統的な町家にみられる空間構成の原理が、現代的に変換されていることである。狭い間口幅の敷地に対し、深い奥行きに沿って家屋と庭が交互に配置され、それらを統合する軸空間としての「とおりにわ」による空間構成であるが、ここでは、長さ30mにおよぶ増築部分の通路が敷地を貫き、交互に反復される居室と屋外空間をつないでいる。しかし、その通路の床レベルには絶妙なリズムで設定された段差があって、それこそが家族にとって心地のよい居場所をあちこちにうみだすきっかけとなる。京都・伏見におけるローカルな試みではあるものの、この作品の設計プロセスと空間構成には、既存ストックの再生に加えて、新たな価値を付加していくための理念と手法において、幅広い普遍性を垣間見ることができる。